安心と幸福度の関係 2

先週、朝からCafé巡業を家族でしてきた鈴忠です。

さて今日は「安心と幸福の関係」の続きで、「安心」についてです。

安心について、少し深掘って考えてみたので是非。では、早速。

安全とは

早速ですが、それっぽいことをタラタラと書いてみます。

安全とは、危険がなく安心であること。モノを盗まれたり、壊れたりの心配がなく、生命に関わる心配がないこと。更に、安全とは測定可能でデータを基に客観的に物事を見れること。

つまり、データが揃って基準内であれば、それは安全と言えます。

安心とは

逆に安心とは、気にかかることがなく、心が落ち着いていること。更に、安心とは主観的な部分が強く「どれだけみんなが安心です‼」と言っても「私は安心できません!」と言われれば、その人にとってそれは安心ではなくなってしまいます。

安心の起源は、中国の儒教や仏教からの教えで、そこで言っている安心とは「心を穏やかに自らを確立するモノ」と定義づけています。

つまり、起源から考えても「安心」とは、他者が与えるモノではなく、自分で確立するモノと言えるでしょう。

まとめ

さぁ、まとめです。

幸福度と安心から言えることは、

どうやら幸福度には、安心の度合いが大きく関係しているように思います。

更に、その安心は、主観的で自分で確立するモノと定義づけられているので、自分の精神を如何に鍛えておくかが、幸福度には大きく関係して来ます。

勇逸、幸福度の公式で客観的な数値で表せるのは、収入(所得)のみです。収入が大きくなれば「安全」の度合いが上がります。

後は自己評価や物欲や恐怖、不安などをどう調整して、「安心」を自分で作りだすかがカギです。

安心は、どこまで行っても主観の問題であることを理解したうえで、幸福度を底上げしていく必要があります

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