心理 哲学

刺さった釘

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『刺さった釘』

前回の続きになります!

先ず、こんな場面を想像してみて下さい!

あなたは仕事中につまずき、転んだ先にあった長いに刺さってしまいました。そのは、あなたの首から胸にかけて貫通・・・しかし、意識はしっかりとしています。

直ぐに救急搬送されましたが、医者が「を抜く場合、神経に触れて下半身不随になるか、若しくは出血多量で死の危険があります・・・それでも・・・抜きますか?」と・・・たずねてきました。

 

この場合、あなたの選択肢は2つです。

釘と共に生きるか?釘を抜くか?

 

では、釘と共に生きる道を選択した場合を考えてみましょう。

あなたは釘を基準に、生活の全てを考えるようになります。それは、釘があなたの人生を動かし、あなたの決断の全てに関係してくることを意味します。

 

では、この釘が私(心)に刺さっていたらどうでしょう?

選択は先程と同じで、釘と共に生きるか?釘を抜くか?の2択です。

 

この場合、心(私)に刺さった釘とは、

過去の未解決エネルギー(問題執着)です。

 

釘と共に生きる道を選択した場合も先程と同じく、あなたは釘(未解決エネルギー)を基準に生活を考え、一時は釘をうまくコントロールしているように感じます。

しかし、実際は釘があなたの人生を動かし、コントロールしているのです。その事実にあなたは、気付くことができるでしょうか?

気付くことができなければ、問題はより複雑化していきます(゚Д゚;)

 

では、あなたが刺さった釘から自由になる方法は何か?

・・・それは、残されたもう1つの方法。『釘を抜く』という選択です☆

 

では、釘を抜くとは具体的にどうすればよいのか?

貫通した釘なら手術。

心(私)に刺さった釘なら、その釘に囚われている自分に、気付けばいいのです。

何度も言っているように、私とは『わたし(成長していく私)が変化していく様子を見ていく者で、わたしの前を通り過ぎていく出来事や思考や感情を見ている者(心)』です。

 

日々の生活で、『意識の中心』を失わずに保つことが出来れば、困難な経験すらも評価し、敬うことができます。

日々の生活で、『意識の中心』を失わずにただ目撃していることに気付けば、過ぎ去っていく経験が楽しみに変わっていきます。

 

自由とは、『自分の置かれている状況に気付くこと』です。

自由とは『過ぎ去っていく今を生きる(楽しむ)』ということです。

 

人生を楽しむためには大切な考え方です。参考にしてみて下さい♬

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